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amanda's diary

私って何なんでしょうの日記

生きている実感

働かないでどこかからお金だけもらってのんびり暮らしたい、みたいなことを聞くけれど、それは果たして楽しいのだろうかと思う。

 

幸せとは、生きている実感、他者との関係性で生まれるものだと思うから、さっきの考え方は「多少自由に動ける囚人」のようなもんじゃないか。

多分だけど、自立してない人がそれをやったら、働いていた時以上の不安に苛まれる可能性が高い。

 

比較対象があるから、現状を憂う。

働いているから、休みが嬉しい。

楽してお金を稼ぎたいのはなんでだろう?辛く苦しい方法でしかお金は稼げないと思っているから?

 

自分が選択したことは苦しくない。好きなことをして稼ぐというのは、なにも楽して稼げているわけじゃない。努力を辛く感じないだけ。

好きなことを上達するための努力は、そのまま楽しみになる。好きなことで稼げている人の裏には膨大な努力があるはず。

 

ただお金があることが幸せであると思っていること自体が、頭がすでに囚人の意識であることを証明している。

 

人生は自由で、自分で選ぶことそのものが生きる意味。

ただ生きているのが、不安になる原因そのものなんだ。

 

 

だから、最初に上げた「働かないで楽に暮らしたい」は生きようとする悲鳴に聞こえる。

方法は違っているけれど。