amanda's diary

私って何なんでしょうの日記

とらえ方の違い

それぞれの側から見た時に、相手の評価が正反対な時がある。

 

わたしがすごい人だな、と思っている人を他の人はずるくて口の立つ人、と思っていることを知った。

彼らが言うこともわかるのだけど、その人と彼らの見ている位置が全然違うと、第三者である私には見える。

 

自分の位置から物事を見ていると、往々にしてこういう否定的な感覚が起きるんだなと気がついた。

 

わたしが以前働いていた会社は超ブラックで、社長が人嫌いで社員を人として扱わない人だった。私は特に好かれなかったから余計に当たりがきつかった。朝まで働いても「ご苦労様」も言われず、仕事も評価せずボーナスは出すと言っていてゼロだったり数万円くらいしかもらえなかった。

 

働いているときは、正直地獄におちろ!と思ってたけど、それでも社長の言っていることに一理あるなと思う部分があった。

辞めた今のほうが、よりその思いが強い。その人のおかげでわたしはかなり成長した。あれがなかったらわたしは今でも目線を変えられなかったんじゃないかと思う。

 

経営者の目線は遠い。遠くを、全体を見ている。

労働者の目線は近い。自分の仕事の周囲しか見ていない。

 

立場が違うと言うことも違う。

そこは全体を見ている人が頑張って伝えなければいけないところだけど、急成長する会社にはその余裕がない。

あとはその人自身の問題もあったり。

 

実際に目でものを見る時、視点を定めずぼーっと眺めると、はっきりとは見れないけど近くも遠くも同時に把握できる。

混雑するスクランブル交差点で人とぶつからないためには、向かう方向の遠いところに目線を定めると、不思議と人にぶつからず、一定のスピードで抜けられる。目の前の人をいちいち目で追っているときは同じ方向によけて止まったりして、スムーズに歩けないことが多い。

 

今回のことも、それと似たようなもんで、その先を見越して言っている人と、目の前の現実に対する解決を求める人との違い。どちらもその通りだけど階層が違うから噛み合わない。

 

人が楽しく笑って働ける会社は幸せないい会社、だと思うけど、思いやりや人と円滑に働けることがいい会社なわけじゃない。

同じように見えるけど、本当の意味でのいい会社は社員もある程度客観的な目線を持って、本当の意味で「自立」した人たちの集団であること、なんだと思いました。

 

目線をぼんやりさせておくこと。

人のせいにしないこと。

常に少し先まで頭を働かせること。