amanda's diary

私って何なんでしょうの日記

「嫌われる勇気」を今さら読む。

つい最近、人の役に立てたことがとても嬉しく感じたことがあった。その時わたしは確実に幸せだという実感があった。

そんな気持ちと裏腹に、なぜか残念に思う自分がいた。

人のために何かをすることに充実感を感じるのって、人がいいような、なんだかドMな気がするなあと。

 

なんとなく読まず嫌いでいた「嫌われる勇気」をふとしたきっかけで読んだら、思いっきり「それこそが幸せ」だと書いてあった。

 

やっぱりそうだったのか、いや昔なら思わなかった感情だったから多少は意識が進んだのかなとは思っていたけど。

 

アドラー心理学というものがあるとも知らず、実践哲学?みたいな感じでひたすらに10年やってきた。

自分が追い求めていたものが理論として確立していたことに驚いたし、論理的に整理してあるので一気に理解が進んだところもあった。

もっと早く知っていたら、と想像してみたけど、以前では理解できないことが多かったんじゃないかと思う。それくらいこれは実践あるのみ、泥だらけになりながら向き合い続けるしかないもの。

 

一度踏み出したら元には戻れないのもその通りで。

昔よりは確実に生きやすくなったけど、リアリズムの厳しさに泣かされることも未だ多い。

全てが夢の中みたいな「可能性の中に生きる」のは死んでいるのと同じなわけで、それよりは絶対今のほうがいい。

どこにも魔法みたいなものはなく、やったらやった分だけの結果しかないというのが本当の現実だということを思い知らされる。

 

どこにも救いはないのだよ、と思いがちだけど、そうじゃなくてごまかしは一切効かないのだというだけのこと。

 

とかいいつつ、ようやく結論を先延ばしにしていたことに片をつけた。時間かかりすぎ!そしてまだ処理してないものもいっぱい!

それもこれも、一個ずつ片付けていくしかないし、ごまかすと全部自分に返ってくるからウカウカしてられない。もう泣きたい。

 

でも生きてる実感はあるんだよ、すごく真っ当に生きている。