読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

amanda's diary

私って何なんでしょうの日記

祖父が自殺した日のこと。

急にふと、祖父のことを思い出したので書くことにします。

小学生の頃、祖父が電車に轢かれて亡くなりました。命日は覚えていません。
たぶん自殺なのですが、遺書がないため事故のような、理由がはっきりわからない亡くなり方でした。
私は子供だったので、状況もよくわからず仕舞いでした。

今思うと、鬱状態だったのではないかなあと思うのですが
祖父の家系では他にも自殺した人がいると聞きました。

祖父は気性の荒い、口の強い人でした。ぽんぽん乱暴なことを言うので、トラブルもよくあったようです。その度に祖母が謝っていたようです。
商売をしていましたが、あまりうまくいかなかったようで、才気はあるけど時代に合っていないというのが周りの評でした。総じて不器用な人だったのだと思います。

私は祖父の強い口調が怖くて苦手でした。でも私が祖父のところに遊びにいく時、祖父はいそいそと私の好物を買いに行っていたようです。子供には分かりにくい愛情表現、やっぱり不器用だなあ。
そして私は、祖父とよく似ている気がします。

家族の中で祖父の死について触れることは、なんとなくタブーになっています。自殺かもしれないと知ったのも、確か中学生か高校生のころでした。
考え方の「癖」は、遺伝として引き継がれているかもしれないなあと思います。

周りを見渡すと、皆するすると軽やかに生きていっているように見えて、どうしようもなく羨ましくなる時があります。
もちろんそんなこと、当人じゃないとわからないし皆おなじようにいろいろあるわけですが、私はこんな癖に引っ張られたくない。

祖父を追い込んだ原因は自分にもあるのではないかと、罪悪感をいまでも持っています。
ふと、その当時の祖母はどんな気持ちだったのだろうかと思いました。いままで不思議なことに、そんなことを想像したこともありませんでした。
最初に異変に気がついたのは祖母でした。几帳面な祖父が、襖に暖簾を挟んだまま出掛けたこと。どこかでこうなることを予感していたのかもしれません。
そして誰も、どうにもできなかったという事実。誰も何もしなかったし、結局は本人しか救えないという現実。考えられない人たちだったということ。

その一員である私は、天寿を全うするまで、考え、生きていこうと思います。それが少しでも進化になると信じて。