amanda's diary

私って何なんでしょうの日記

行きたいのか

とあるところに行きたいのだけど、連休のため値段も高く、日数も取れない。

高いなあ、と二の足を踏んでる。そもそも、なかなかツアーを探そうとしなかった。

 

これって行きたくないのかな。

行った方がいろいろな意味でいいと思ってる。

でもお金の面で損もしそう。あとなんかつまらないんじゃないかって気がする。

 

今までだったら値段なんて関係なかった。それはそこに行ったら絶対面白いとわかってたから。

今回は、なんだか寂しい思いをしそうな気がしてる。

 

そこまでして会いたい人たちがいるわけじゃないから。

 

そう考えると、私の楽しいって「人との関わり」なんじゃないか。そう思いました。

現代の幽霊

どんなに口で言っていても、その人の現状を見ればどんな人なのかわかる。

環境が決めるんじゃない、その人の考え方と積み重ねが今を作る。

 

できる人はどこへ行っても結果を出す。サラリーマンができないからフリーランスやってる、なんて言ったりするけど、フリーランスでいい仕事をする人はサラリーマンになっても結果を残すだろう。

 

だから今の会社の文句を言いながら、自分を変えようともせず、辞めようともせず、現状を受け入れることもなく、全ての間を生きようとするのは、生きたまま幽霊になるようなものなんだと思う。

 

どこにも行けない、成仏できない。

可能性に対して、夢を見る。

 

そうして今日も、ぼんやりと漂う。

東京にはそんな人たちが多い。

 

 

努力と言わないだけ

ある程度の積み重ねと繰り返しが、すべての物事には必要だ。それ無くしてスタートラインに立つことはできない。

 

それを努力と言うんだろうけど、うまくなりたいとかできるようになりたいとか思っているときは、あまり努力している意識がない。

 

がんばってるなあ自分、と思ってるときは「がんばってる自分」に意識がいってる。だから実はあんまり身になってない。

 

ちょっとずつでも積み重ねる。ここに書くことも同じ。

鏡の向こうにいるデブ

ダイエットしてたのに戻ってしまった。

頭の中の自分より、鏡の向こうの自分は太っている。

痩せてた時より10キロも太ってしまった。過去最高。

 

やるだけと言っていてやれていない、この体たらく。かっこ悪すぎる。

ちゃんとデブだと認めてダイエットがんばります。

私が話すことば

道を歩いていて、この辺り閑静な高級住宅街なのにここだけ不法投棄でなぜか汚いんだよね、と言おうとして「この辺なんか汚い…」と言ったら、周りに聞こえるよ、と諭された。

 

私が言いたい内容が伝わらなかったのもあるけど、聞こえちゃまずいことなんだろうか。

だって誰かの家じゃないし、公共の道だし、きっと困ってる人もいるんじゃないか。

 

そもそもそんなことわざわざ言わなくていい内容なのかねえ。言葉が強い?

大事の前の小事

疲れてるのに、やりたいからってぶっ続けで作業していて、やってしまった。

片付けるのにだいぶかかった。無駄な時間。良いこともあったけれど。

 

これを無視してると大ごとになる。その前兆。

余力を持ってやるように、という戒め。

他人の価値観

すごく疲れていて、駅をボンヤリ歩いていたら、向こうからきた人と鉢合わせする形になった。

普通にどいたら「歩く側が逆だよ!」と強い調子で言われた。そんな決まりがあるのを知らなかった。

 

逆向きに歩いてる人にも、いろいろ事情があるんだなあと初めて思いました。

それから、公共で決まっていることかもしれないけど、「自分の当たり前」をむやみに押し付けるのは傲慢だなとも思いました。

 

ちょっとずつ相手を理解しようとすれば、もっといい言い方や対応が取れるのに。